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冬支度

 

やっと夏が去ってやれやれと思ううち、北からはもう雪の便り。関東も木枯らし一号が近々に吹くそうで、「いきなりステーキ」ならぬ、「いきなり冬」って感じです。今年は統計上でも春秋が短く夏が長く、来年もそうなんですと。窓ガラスが割れるような暑さから、冬支度もなしに迎える冬は、何だかヒエヒエして寒そうですね。

 

その暑いさなか、とんでもないポカをやらかしました。整骨院のオープンの下駄箱で、他人様の靴を間違えて履いて帰っちゃったこと。私のはニューバランスの白いシューズ、間違えたのはナイキの白いシューズ。そっくりだったのです。ただ、履いて外に出た時は、何だか履き心地が違うとは思ったけど、マッサージの後だから、血の巡りがよくなったのだと。何より、まさか自分が靴を間違えるなんて思いもよらなかった。

でも帰宅してすぐ整骨院から電話を受け、大慌てで靴と、買って来たばかりのメロンを抱え、湯気の出そうに暑い夕闇の中へ飛び出した。待っていたのは、ナイキの似合いそうな女子大生。怖そうなオバサマでなくてホッとしつつ、平謝りに謝った。自宅はすぐ近くだからと辞退する彼女に、大事な時間を空費させたお詫びにタクシー代二千円とメロンをむりに押しつけ、これも尋常ならざる暑さのせいと思った次第です。

 

ところがこの話にちょっとした後日談が。二、三日後、駅近くのスーパーで買い物をしていると、側にいた若い女性が寄って来て、「こんにちは」と仰る。見覚えない相手だけど、ニコニコしているので、どなた?とも言いかねた。もしかしてあの“靴”の主? いや、あの女性ではないと、思い出そうとしても、何と、顔を思い出せない。整骨院の玄関は薄暗かったし、先生たちが何人か見ていて、私はいささか逆上気味だったのです。ただ、あの“靴”の主は色白でほっそりして、美人だった。いえ、目の前の女性も十分に美人だけど、やや太めのようで色も浅黒く・・・と一瞬混乱してると、「こんにちは」ともう一度言われ、「すみません、どこでお会いしましたか?」と訊いてしまった。

整骨院とか、靴とか、合言葉を一つ言ってくれればいいのです。けれど彼女は一瞬困ったような顔をして、「いいです・・・」と手を振って、お菓子売り場の人混みに消えて行ったのでした。


あのひと誰? 出現した時間と距離を考えると、整骨院からの帰りの時間とも思える。するとやっぱりあの女性かと思われ、急に落ち着かなくなって。次に整骨院に行った時、担当の先生に、あの日のあの時間ごろにあの女性が来なかったか問うてみると、「来ました」とのお返事。いよいよガーンときて、その先生に、次に彼女が来た時、先日 駅スーパーで私と会わなかったかどうか訊いてほしい、と恥を偲んでお願いした。その答えによっては、私はもうアカンのではと思われました。

 

答えは「お会いしてないそうですよ」でした。良かった!

・・・と一安心したものの、ではあの女性は何だったのか。ただの人違いか、何かの詐欺のつもりだったか。はたまた本当は会ったのに、他人の靴を履いて行くわ、先日会ったばかりなのに顔も覚えていないわの、こちらの“大呆けぶり”を憐れみ、会わなかったことにしたか?

 

ところで数日前、昔の職場の人たちとの恒例の飲み会に、初めて顔を出してみました。いろいろ話を聞くうち、去年は誰かが他人の靴を履いて帰ってしまい、それがトリプルだったので、事情が分かるまで大騒ぎだったと。人生そんなこともあるのね、などと皆で大笑い。でも私は、胸の底にちょっと木枯らしが吹いた感じでした。