つつじの美しい季節です。今年はマンションの十年ごとの大規模修繕工事のおかげで、東側ベランダの花は不作でした。なのに、陽当たりが悪く、ここに住み始めてほとんど咲いたことのない西側のツツジが、三十ン年ぶりに初めて狂い咲き、満開を誇っているのはどうして?
数年前、何度も繰り返す口内炎に舌癌を疑い、大病院の診断をうけたら、結果はシロでした。でもその後何となく納豆を食べ始めたところ、ピタリと口内炎が止まった・・・という話は前に書いた通りです。でも一年半ほどたった今年の初め、またあの痛い口内炎が! 特に何があったわけでなし、納豆の神通力が口内炎の魔力に負けたとしか思えない。でも納豆は食べ続けるしかなく、口内炎が一通り大暴れして去ってから、戦々恐々としてるけど、まだ一度も現れません。あれどういうこと?
一昨年から腕と足を順に痛め、ようやく一段落したら、朝ベッドから出る時に腰が痛むようになった。でも起きて動き回ると治ってしまう。・・・で私は、十年ほど前のある光景を思い出したのです。同じ町に住む、七つ八つ年上の女友達 Fさんと、駅前スーパーでばったり。若い頃は外国系の仕事や日本語教師をつとめ、今は独り身の気ままな暮らしを楽しむフランス好きのお洒落な女性です。久しぶりの近況を訊くと、「最近は体が痛くて眠れないことがある」と宣うので、「どうして?」と問うと「トシよ」と。「でも体が痛むんなら、どこか悪くない?」「トシとるとあちこち痛むもんなの」「それ、どうして?」
するとその形相が一変し、スーパーのレジの側であるのも構わず、「あんたって、いつもそうなのね。何かあれば、どうしてどうしてどうして。どこか悪いと言えば、どうしてどうしてどうしてと・・・」
日頃は静かなマドモワゼルだけど、ややエキセントリックなところがあり、血が上ると周囲の目などどこ吹く風。言い放つその甲高い声は、レジの四方に響き渡った。私は驚き恥じて、彼女を隅の方へ引っ張るも、長い人差し指を振って、どうしてどうしてと言い募るのです。
“分かってくれないトンチキめ”と彼女には映ったのでしょう。私は、そんな風に理詰めの色気ない女と思われて、ショックでした。でも考えてみれば確かに、私には夜中に体が痛くて眠れないことを、“トシよ”で片づけたくない思いがあった。トシは誰にとっても否定できない現実だけど、痛むのはそれに何らかの要因が加わるからではと・・・。あの公衆の面前でそう抗弁したつもりだけど、納得してくれたかどうか。
あの時の彼女と同じくらいの年になった私、今なら分かります。年を重ねると、人体は確かにガタピシしてきてあちこち痛むものだと。でも今も性懲りなく、ベッドで考えます。この痛みはどうして生じるのだろうと。一つには運動不足からくる筋肉の衰え。一つには、陽を避けるように家に籠ることによる日光不足。また、面倒くさがることによる加工食品の増加も、体を衰えさせるでしょう。
そんな考えから、最近また多少の努力を心がけているけど、過去を振り返るといつも長続きしないことに呆れます。どうしてだろうと。

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