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冷蔵庫より愛をこめて


現代の台所では、実にさまざまな機械音が聞こえるもんですね。例えばピーピーは冷蔵庫のドアが半開き、長く三回鳴れば食洗機の異常、五回は洗濯機の終了、ピッピピッピはコンロのガスが勝手に消える時。ところが昨年の暮、ピーピーと聞き慣れない弱音が流れ始めたのが、厄介の始まりでした。音を辿ると、もう三十年近く使って買い替え検討中の、パナソニックの冷凍冷蔵庫です。扉をトンと叩くと怪音は止まるが、しばらくしてまた鳴り出す。締切り間近でアクシデントは困るから、翌日すぐに電気店で、新しい冷蔵庫を購入。届くのは二日後の午後になると。この間、ギュウ詰めの冷凍食品を減らすのに大わらわ・・・。

 

当日、運搬車は予定より遅れて到着。夕方に予定がある私はヤキモキしたけど、たかだか新旧の冷蔵庫の出し入れ。そう時間はかかるまいと、軽く考えていた。だが若い運搬人が物差し片手に、搬出する冷蔵庫と戸口の寸法を測っていて、急に改まって言うには、この冷蔵庫は玄関網戸を外さないと運び出せないので、自分らはこれで帰る。網戸の取り外しはお宅に任せるから、外したらまた連絡してほしい、と。ええっ?

「ちょっと待って。どーすれば網戸が外せるわけ?」「たぶん引っ越し屋に頼めば、やってくれまっさ」「でも一度入ったものが、どうして出ないの」「無理してドアを傷つけても困るから、手をつけないんで」

とケンもほろろのやり取りで帰ってしまい、唖然茫然でした。

予定の会合は休むことにし、心当たりの店に電話をかけまくった。幸い、沿線の“便利屋”が引き受けてくれ、翌朝社長が下見に来た。搬入日が決まればその朝に来て網戸を外し、冷蔵庫を玄関の外に出すという。「最近、同じようなお客さんが激増してるんですよ」とは社長の弁。どうやら全国展開の大手電気店が最近、搬出搬入時のトラブルが多いことから、運搬人は運搬だけやればいいと、ルールを変えたらしい。「何しろ今は人手不足なんで、一軒に長く関わりあっちゃいられない、コスパが悪いとさっさと帰ってしまうんです」と。

搬入日は電気店と掛け合って、明日の午後四時過ぎと決定。その朝九時に社長が、大柄な若者を伴って来宅。まず社長がドライバーで網戸を外す。その間に、若者は一人で巧みに冷蔵庫を手なずけ玄関へ。彼は引っ越し業が本業で、その手際と怪力を見込まれて頼まれたらしい。玄関口では、社長と二人で冷蔵庫を横にして持ち難なくスルー。拍手でした。「入った物は、出る。それが引っ越し屋としての信念です。入った物なら、網戸があっても出せるはず。これ、社長には言えないけどね」と声を潜め笑いながら、引っ越し屋は言うのでした。


そう、これを搬入した三十年前、網戸は外さなかったと記憶します。だから出る時も・・・とはいかなかった。冷蔵庫が我が家で年老いた三十年は、時代が変わっていく三十年でもあった。現代は人手不足が深刻化し、皺寄せは商品配送人にかかっていき、その歪みに人々はこんな風に折り合ったわけです。私はそんな時代の穴ぽこに落ち込んだ・・・?

おかげで便利屋に、「冷蔵庫移動・網戸脱着費」四万円強を払うはめに。おまけに年末の忙しい時、二泊三日もこの問題にかまけて締切に間に合わず、仕事は年を越すことになっちゃった。そもそも電気店側は、あんな基本的問題に、もっと合理的なシステムを考えるべきでは?でも、三十年も忠実に働いてくれた冷蔵庫には、有難うと言いたい。厄もまた持って行ってくれたでしょうから、今年はいい年になりそうな気がします。皆様、新年おめでとうございます!

 

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コメント: 1
  • #1

    ローズマリー (水曜日, 15 1月 2025 14:48)

    あけましておめでとうございます。いつも楽しく面白く拝読させていただいております。
    昨年はお忙しかったのでしょうか。それとも、腕や背中や足の整形外科的な病と格闘しておられたのでしょうか。ブログの掲載が少なかったと感じています。
    今年は、先生のブログと出会う機会がもうすこし多ければと期待しております。
    「大川橋物語2 妖し川心中」の発刊も楽しみにしています。
    くれぐれもご自愛の上、今年もご健筆、ご活躍くださいませ。読者より